【R18】新婚さんが膝枕するだけ

 確かに、ここのところ多忙を極め毎晩疲れ切って帰ってくるユシュカへ、何か力になれることはないか尋ねたのは自分だが。そういうことじゃない、と思う。膝の上に乗った頭を見下ろして、手持ち無沙汰な指先に砂混じりの癖毛を絡める。彼が満足したら、ベッドに入る前に何としてでも浴室に追いやらなければ。
 彼と彼のファラザードの手助けの方も申し出てはみたものの「今体制作りをしているところだから手出し無用だ。突発的な事態にお前の力は有用だが、恒常的な戦力に組み込む訳にはいかないからな。我が国のことは俺に任せておけ」などと率直に断られ、まあそれはそうだと納得した。ファラザードに全てを捧げられない自分の中途半端な立場を重々理解した上でここに来た訳で、とはいえ未だにそのラインを上手に引けず、迂闊に踏み越えては揺るがないこの国の王に窘められている。歯痒さはある。しかし今はそれに甘えるしかないのだろう。全てが終われば或いは、とも思ってはみても目下のところ目処は立っていないし想像もつかない。
 ふと、疲弊した瞼が持ち上がり、金の虹彩が自分の顔を映した。
「寝てていいですよ」
 不本意でもこちらから言い出したことだし、ユシュカの気の済むまで付き合うつもりだった。
「寝てない」
「高いびきでしたけど」
「つくならもうちょっとマシな嘘にしろ」
 目を合わせて同じタイミングで少し笑う。赤い毛先を弄んでいた指の腹で彼の頬を撫でると、それをそっくり真似るように手を伸ばしたユシュカの温かな指先が顔に触れた。
「すまないな。もう少しで山は越えるから、その後は存分に構ってやれる」
「不満そうに見えました?」
 心配こそすれ、全くそんな風には感じていなかったので心外が顔に出てしまったかもしれない。
「いやお前はいいのだが、外野が少々うるさくてな。契りを交わしたばかりの伴侶を放って仕事にかまけてばかりいると今に捨てられるぞとか何とか」
「勝手なこと言いますね」
「そうだ、誰のために働き詰めだと思ってる」
 また顔を見合わせて笑う。俺は、これで十分なのだけれど。
 アストルティアを心ゆくまで二人で堪能するための休暇をもぎ取るため、彼は今猛烈な勢いで政務の前借りに励んでいる。
「あんまり無理しないでください。せっかくの休暇を寝込んで過ごしたくないでしょう」
 こういうときのユシュカが言うことを聞く相手など、世界中探しても彼の師くらいしか思い当たる先はないのだが、無駄だとわかっていても口に出さずにいられない。案の定鼻白んだ様子の彼が「お前は俺の頑丈さを十分にわかっているものと思っていたのだがな」と人の善意からの進言を足蹴にするものだから、悪戯心が頭をもたげた。
「元気だって言うなら、今それを証明してくれます?」
 頬の輪郭をなぞっていた指が一瞬止まってから唇に移動してきたので、舌先をちょっと出して舐める。斜めになりかけた機嫌を直した魔王が改めて口角を上げた。
「望むところだ」
 
「……ん」
 全ては含みきれない質量をそれでも精一杯咥え込むと、意図せず鼻にかかった声が漏れる。寝た子を起こすまでは変化が如実に見られて結構やりがいもあるのだが、そこから先は未だに上手くやれているとは言い難い。舌の表面全体で感じ取れる熱と僅かな脈動を頼りに辿々しい愛撫を繰り返す。飲み込みきれなかった唾液が零れ摩擦で泡立つことにより生じる生々しい音は、どれだけ経験を重ねても羞恥を煽った。ユシュカの手のひらがそっと頭の上に乗って、宥めるように撫でられる。初めて押さえ付けられ突き上げられた時に、行為を中断せざるを得ない程ひどく噎せてしまったせいか、それ以来彼は決して口淫中に無体を働こうとはしない。別にいいのに、とは思う。一言声さえかけてくれればこちらもきちんと構えるし、あんな無様なことにはならずに済むだろう。それでも思っていることをそのまま伝えるのはどうにも気恥ずかしくて、きっと今日も言い出せずに終わるに違いない。
 歯を立てないよう懸命に開けていた顎の辺りが思うように言うことを聞かなくなってきて、一旦休憩するため顔を上げて口元を拭う。ちらりと盗み見た魔王の表情は予想通りまだ余裕綽々といった様子でちょっと心が折れる。頭に置かれた手のひらはなお優しい。
「随分巧くなった」
「いいですよお世辞は」
「忘れたのか? 生涯お前にだけは真実のみをもって仕えることを誓っただろう」
 以前ノリと成り行きでユシュカにそのようなことを約束させたのは覚えている。けれどあんなその場だけの約束、彼も覚えていたとは思いもしなかった。
「……それ、まだ有効だったんですか」
「まだ、ってお前な……。まったく、仕え甲斐のない主人だ」
 呆れ顔のユシュカにひょいと抱え上げられて膝の上に降ろされる。決まりも悪いし居心地も悪い。
 ふとこの婚姻を決めるにあたってのごたごたの最中に、ユシュカから言われた諸々が蘇った。曰く俺の人生をお前にくれてやろうだの生涯かけて幸せにするだの、果ては最期まで愛してやるだの。ずっとアストルティアと魔界の架け橋となる所謂政略結婚だと解釈していたので、全て俺を説得するための耳障りのいい決まり文句と思い、はいはいと流してきたが。
「あの、ユシュカ?」
「どうした」
「結婚前に色々言ってたあれってまさか」
「なんだお前、人の一世一代のプロポーズも全部世辞だと受け取っていたのか」
 不愉快そうに眉を顰めた魔王とは対照的に、頬に昇った血を持て余し始めた自分の顔を両手で覆った。彼には悪いがとても続きをできる心境にはなれそうもない。
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