ナジーンとユシュカとしもべちゃん

 ユシュカが大魔王選出の儀のため大審門へ出立する朝のこと、連れ立って城門を出れば、城下への階段を降りきったところで、門番であるシャカルと談笑するしもべ殿の姿が目に入った。こちらに背を向けているシャカルの表情は直接伺えないが、その大きな身振り手振りとしもべ殿の屈託のない笑顔から話の盛り上がり具合は察せられる。二人の付き合いは長く見積もってもここ2、3日だった筈だがいつの間に打ち解けたのだろう。
「あいつ、あんな顔もするのだな……」
 この国の中で最も彼と付き合いの長い筈のユシュカが呆然と呟くので驚く。
「どちらかと言うと彼は笑いの沸点が大分低い方かと思いますが」
 昨日二人で話をした際、知らぬ間に血の契約を強いられたであろう彼の体調を確認し今までの労をねぎらったついでに、自分のこともユシュカと同様呼び捨ててくれて構わないと言い添えた。すると彼は「ああ本当だ。一応魔王であるユシュカを差し置いて副官であるナジーンさんに敬称付けてるのものすごく変ですよね……」と応じてくれたのだが、半分独白めいた自分の返答がツボに入ったらしく、すみませんと侘びながらしばらく肩を震わせていた。そんな彼がユシュカに気を許していないのならば、それは十中八九ユシュカの責任だろう。
「ナジーンお前、何故そんなことを知っている」
 尚もむくれてこちらを問い正そうとする我が魔王に溜息を吐く。
「ユシュカあなた今まで彼をどんな風に扱ってきたのですか」
「どんな風にって、しもべにふさわしい扱いをだな」
「あなたにとってしもべとは、主に向かってあのように屈託なく笑いかけてよい存在ですか」
「……なるほどな」
 ユシュカは再度階段下に目を向けた。刺すような射抜くような強い視線に彼はまだ気付かない。
「おそらく彼は人を映す鏡のようなもの。善意には善意を。悪意には悪意を。あなたがしもべであれと言ったのならば素直にその役目を果たしているだけでしょう。彼の笑顔が見たいのであれば、今の関係は見直された方がよろしいかと」
「お前はいちいち差し出がましいぞ」
「それは失礼しました」
 二度目の溜息は胸の奥へしまった。説教の中身自体を否定してこないところをみるとユシュカなりに思うところがあるのだろう。肩書としてはただのしもべである彼からは、ユシュカを、ひいては魔界全体の根底にある何かを変えてしまう風を感じる。今はまだただの予感にすぎないそれを敢えてユシュカに伝えることはしていないが。
 軽やかに階段を駆け下りてしもべ殿の頬を抓み、お小言の構えを見せ始めている我が主にはまだ幾ばくかの時間が必要かと苦笑する。

グッジョブ送信フォーム

Comment

  • コメントはまだありません。

Post Your Comment

  • コメントを入力してください。
登録フォーム
Name
Mail
URL
Comment
閲覧制限