バズスイーツカフェデート
「う、わあ……!」
お世辞にも治安が良いとは言えない元炭鉱の町に入り、手作り感あふれる装飾が施された目的地の扉を開けた瞬間、エックスは感嘆の声を上げた。
「すごい! ねえシューあんな大きなぬいぐるみ、一体どうやって作ったんだろう。それにあのスイーツの山! あれ全部売り物なのかな」
「まさか全部食べる気なのか? 君は」
興奮に頬を染めたまま辺りを見回して、最後に新商品のポスターに釘付けになったエックスの肩を押し、他の客の邪魔にならないようにシューは入り口すぐ近くテーブルへ誘導する。プクリポ用に作られた些か足を持て余すサイズの椅子にちょこんと腰掛けたエックスが今度はテーブル上のメニューとにらめっこしている間、シューは改めて周囲を見渡した。確かにエックスの言う通り、店内は華やかな色のぬいぐるみにリボンにハートのモチーフが散りばめられ、ここで供されるスイーツに負けない熱量で華々しく飾り立てられている。前回一人で来たときは目的のものが手に入ればそれで良かったから、これだけ手がかけられた内装を気にかけもしなかった。シューはそんな自分に気付いて少し笑う。土産の菓子をいたく気に入ったエックスから半ば強引に連れてこられ、間を置かずの再訪だったが、二人で来ると見える景色が大分違うらしい。
「いらっしゃいませぇ~! あら、毎度ありがとうございます~!」
オーダーを取りにきた女店主がシューの方を見てぱっと顔を輝かせる。客商売だけあって、一見でも客の顔を覚えているのだろう。
「連れがここのケーキをとても気に入ってしまって」
「そうなんです、あのこぐまちゃんの紅茶のケーキ! 本当にかわいくておいしくて、もう一回食べたいって彼に無理を言って連れてきてもらったんです」
途中で身を乗り出して台詞を奪った挙げ句、ケーキの味を思い出したのかうっとりとスイーツの山に視線を送るエックスを見て、シューは苦笑し、店主は愛想笑いでない心からの笑顔で彼らを歓迎した。
「嬉しいわ~、じゃあ早速、森のこぐまちゃんたちのティーパーティー、お持ちしますね~。おふたつでいいかしら~?」
「いえ、ひとつで」
シューはいまだスイーツに見惚れたままのエックスに聞こえないよう声を落とした。
「……店のメニュー全部制覇するつもりみたいで」
「まあ」
ちょっと驚いた様子の店主は、すぐにくすっと笑って「それじゃお腹壊さないように気を付けてくださいね~」と小声でこちらを気遣ってくれた。
お世辞にも治安が良いとは言えない元炭鉱の町に入り、手作り感あふれる装飾が施された目的地の扉を開けた瞬間、エックスは感嘆の声を上げた。
「すごい! ねえシューあんな大きなぬいぐるみ、一体どうやって作ったんだろう。それにあのスイーツの山! あれ全部売り物なのかな」
「まさか全部食べる気なのか? 君は」
興奮に頬を染めたまま辺りを見回して、最後に新商品のポスターに釘付けになったエックスの肩を押し、他の客の邪魔にならないようにシューは入り口すぐ近くテーブルへ誘導する。プクリポ用に作られた些か足を持て余すサイズの椅子にちょこんと腰掛けたエックスが今度はテーブル上のメニューとにらめっこしている間、シューは改めて周囲を見渡した。確かにエックスの言う通り、店内は華やかな色のぬいぐるみにリボンにハートのモチーフが散りばめられ、ここで供されるスイーツに負けない熱量で華々しく飾り立てられている。前回一人で来たときは目的のものが手に入ればそれで良かったから、これだけ手がかけられた内装を気にかけもしなかった。シューはそんな自分に気付いて少し笑う。土産の菓子をいたく気に入ったエックスから半ば強引に連れてこられ、間を置かずの再訪だったが、二人で来ると見える景色が大分違うらしい。
「いらっしゃいませぇ~! あら、毎度ありがとうございます~!」
オーダーを取りにきた女店主がシューの方を見てぱっと顔を輝かせる。客商売だけあって、一見でも客の顔を覚えているのだろう。
「連れがここのケーキをとても気に入ってしまって」
「そうなんです、あのこぐまちゃんの紅茶のケーキ! 本当にかわいくておいしくて、もう一回食べたいって彼に無理を言って連れてきてもらったんです」
途中で身を乗り出して台詞を奪った挙げ句、ケーキの味を思い出したのかうっとりとスイーツの山に視線を送るエックスを見て、シューは苦笑し、店主は愛想笑いでない心からの笑顔で彼らを歓迎した。
「嬉しいわ~、じゃあ早速、森のこぐまちゃんたちのティーパーティー、お持ちしますね~。おふたつでいいかしら~?」
「いえ、ひとつで」
シューはいまだスイーツに見惚れたままのエックスに聞こえないよう声を落とした。
「……店のメニュー全部制覇するつもりみたいで」
「まあ」
ちょっと驚いた様子の店主は、すぐにくすっと笑って「それじゃお腹壊さないように気を付けてくださいね~」と小声でこちらを気遣ってくれた。
手始めに紅茶のケーキをあっという間に平らげたエックスの前へ間髪入れず、ラブリーレインボーティー、ぐるぐるストロベリー♥ロールケーキ、ふわりん★バズコットンキャンディと言った店の「推し」メニューが次々並ぶ。念願の紅茶ケーキを口にしたときには感激のあまり涙ぐんでいたので、そこまでかと思った。率直な感想は胸の内に収めておいたが。
「はい、シュー」
にこにこが止まらないエックスにフォークを差し出され、口を開ける。……確かに美味しいが、残念ながら一度の来店で全メニューを攻略する気概も胃袋もシューは持ち合わせていないので、腹が満たされるまでは一口ずつ相伴に預かるということで話はついていた。
「おいしいね、シュー。こんなにきれいでかわいくて、その上すごくおいしくて、来た人はみんな幸せになっちゃうね」
エックスの明るいお喋りの色が僅かに翳った気がして、シューは彼の手元のケーキに落とされた視線を追う。
「……救われる」
周囲の客の笑いさざめきにまぎれてぽつんと落ちた独白を、シューは危うく拾い損ねるところだった。
「エックス」
「ねえ、シュー」
深刻そうな顔を上げたエックスが言いにくそうに二の句を継いだ。
「これ、おかわりしてもいいかな」
「……腹を壊さないようにな」
「はい、シュー」
にこにこが止まらないエックスにフォークを差し出され、口を開ける。……確かに美味しいが、残念ながら一度の来店で全メニューを攻略する気概も胃袋もシューは持ち合わせていないので、腹が満たされるまでは一口ずつ相伴に預かるということで話はついていた。
「おいしいね、シュー。こんなにきれいでかわいくて、その上すごくおいしくて、来た人はみんな幸せになっちゃうね」
エックスの明るいお喋りの色が僅かに翳った気がして、シューは彼の手元のケーキに落とされた視線を追う。
「……救われる」
周囲の客の笑いさざめきにまぎれてぽつんと落ちた独白を、シューは危うく拾い損ねるところだった。
「エックス」
「ねえ、シュー」
深刻そうな顔を上げたエックスが言いにくそうに二の句を継いだ。
「これ、おかわりしてもいいかな」
「……腹を壊さないようにな」
「サレ、喜んでくれるかなあ」
あまり甘くないものをとのあの店に相応しくなさすぎるリクエストを聞いてもらって、購入した焼き菓子の袋を、歩きながらエックスは覗き込む。そこから立ち上る焼き立てクッキーの香りは十分に甘い気がするが。結局全てのメニューを最後までおいしそうに食べ切った上客へ、店主が特別に焼いてくれたものなのできっと味は大丈夫だろう。
「今度は三人で来よう」
「えー、甘いのしかなかったけど、サレ嫌がらないかな」
「君が一緒なら、多分嫌そうにしながら喜んで来る」
「何それ」
よくわからないと書いてある顔でエックスは曖昧に笑う。
俺と彼女がどれだけ君を大切に思っているかを、君だけが知らない。
あまり甘くないものをとのあの店に相応しくなさすぎるリクエストを聞いてもらって、購入した焼き菓子の袋を、歩きながらエックスは覗き込む。そこから立ち上る焼き立てクッキーの香りは十分に甘い気がするが。結局全てのメニューを最後までおいしそうに食べ切った上客へ、店主が特別に焼いてくれたものなのできっと味は大丈夫だろう。
「今度は三人で来よう」
「えー、甘いのしかなかったけど、サレ嫌がらないかな」
「君が一緒なら、多分嫌そうにしながら喜んで来る」
「何それ」
よくわからないと書いてある顔でエックスは曖昧に笑う。
俺と彼女がどれだけ君を大切に思っているかを、君だけが知らない。
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