よそ様からネタをお借りした血の契約。

 見覚えのない景色。
 地下空間特有の湿気を孕む通路を駆け抜け飛び込んだ部屋には倒れ込む人影が三つ。どれも知らない顔だ。なのにその連中に息があることを確認した刹那、胸に広がったのは泣き出したくなる程の深い安堵だった。だがその感情も長くは持たない。連中の一人が苦しい息の下から逃げろとの警告を発した時には既に遅く、背後で膨らみ弾けた殺意に腹を貫かれていた。背骨が砕かれる音、細胞を喰らい尽くす猛毒。殺意はサソリの尾の形を取って眼前に揺れている。無駄なことだとわかっているのに伸ばした指先は、自分のものではなく、どこかで見たような色と形をしていた。

「──っ!」
 飛び起き額を押さえる。うるさい鼓動は頭痛さえも引き起こして顔を顰めた。ひどい夢どころの騒ぎではない。
 あれは明確な死だった。
 問題はそれが誰のものか、という点だが。
 息を潜め、隣のベッドに眠る過日の拾い物の上に屈み込む。投げ出された手の肌の色は違えども、その造形は先ほどの夢の終わりに虚しく空を掻いた自分のものと酷似していた。窓から差し込む月明かりに浮かぶ寝顔にさしたる異変は見受けられなかったが、額に触れてみればうっすら冷たい汗をかいている。拾い物の腹にある古い刺し傷のことを思い出した。あれは致命傷だったのか。
 血の契約によりもたらされる「生命と運命を分かち合う」という契約条件がそのようなところまで及ぶとはさすがに思いもよらなかった。ともあれ、目を覚まさないということはこいつがいまだ悪夢の中にいるということで。それはあまり良くない気がする。
「起きろ」
 軽く頬を叩いて呼びかけると、存外簡単に目を覚ました。
「……何か問題でも?」
 全て自分の勘違いかと思うほどに静かな返答。
「なぜ、死ななかった」
 夢に引きずられ、用意していた疑問が不親切な文脈のままにこぼれ落ちた。途端顔を強張らせた拾い物が唇を震わせる。
「……どうして、それを」
「血の契約だ。契約者の運命と生命を分かち合うとされる」
「夢も、過去も、ということですか」
 どうやら勘違いではなかったらしい。
「具体的な範囲まではわからん。何しろ秘伝だ。現代にはそこまでの詳細は伝わっていない」
 正直に伝えるとなりたてのしもべは、さいあくだと小さく呟いて目を伏せた。
「ちゃんと死にましたよ」
 冗談には聞こえない、至極真面目な声だった。聞き返すのを、続く言葉に遮られる。
「すみません、嫌な思いをしたでしょう?」
 それ以上の説明はしたくないということか。別に構わないが。
 シーツを引き剥がし、手探りで傷痕を確かめる。が、やはり服の上からではよくわからない。
「っ!何を……!」
 じたばたし始めたのを押さえ込んで服の中に手を突っ込むと息を呑む気配がした。速い鼓動が手のひらに伝わる。そのまま手を降ろしていき腹部に触れると記憶通りの広範囲に及ぶケロイドに辿り着く。束縛から何とか抜け出そうともがいていた身体が一転、しがみついてくる。震え始めた肩を少しだけ憐れに思う。
「少し確かめるだけだ。そう脅えるな」
 口だけで宥めてみたものの何を確認したいのかは自分でもよく分かっていなかった。強いて言うならこいつが生きていることを、確かめたかった。手のひら全体でゆっくりと傷を撫でる。それだけで息を荒らげている様子に、場にそぐわぬ劣情を覚えた。凹凸に欠ける貧相な体つきはどちらかというと好みとは真逆だが、たまには好き嫌いせずに食べてみるのもいいかもしれない。
「痛むか」
 耳元で訊ねれば素直に首を振る。それでもじっとり冷たく汗ばんできた肌に、己の所業を棚に上げて、いまだ過去の記憶に苦しむかと決めつけた。
 結局何の手応えも得られないままに手を離した。力なくベッドに横たわる身体に相応しくない険しい視線は容赦なくこちらを射抜いてくる。そうこなくては、と少々愉快な心持ちになる。
「起こして悪かったな」
 論点をずらした誠意のない謝罪をして自分のベッドに戻れば、小さな溜め息の後寝返りを打つ気配がしてそれきり静かになった。

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