【R18恩返し②】犬も食わない結婚してるやつ
口付けを深めながら背中に腕を回そうとして、僅かな逡巡の後、腰の辺りを支えるに留めておいた。まだそこに触れるには躊躇いが大きい。と、胸を押し返されて行為を中断させられた。
「何だ」
見上げてくる視線は情欲のかけらもなく生真面目で、少しは場の空気というものに流されてみせろと言いたくもなる。
「もう治ってますから大丈夫です。あんまり気にしないでください」
硬い口調に、茶化すかこちらも真摯に返すか少々迷う。
ことの起こりはほんの些細な言い争いだった。話にならないもう出ると言い捨て自室を後にしようとした大魔王を引き留めるべく伸ばした手が空を切って、相手の腕ではなくその背から生える華奢な羽を鷲掴みにした挙句へし折ってしまい、羽の持ち主を都合三日ほど寝込ませてしまったのだった。手のひらに残る、ぱきん、という軽い衝撃と、声もなく蹲る我が主と、力なく垂れ下がった片羽の映像が脳裏に焼き付いたまま未だ胸に重いわだかまりを残している。慌てて呼びつけたドクター・ムーが負傷部位に関しては魔法で思いの外簡単に治してくれたが、外からは確認できない部分が炎症を起こしたか熱を出し、完全に復調するまでは時間を要した。治療後事情を聞いたドクターが薬で眠っている被害者の羽の付け根を示して、この辺りには神経が集まっているからな、さぞかし痛かったじゃろうと一言だけ述べた所感には返す言葉もなかったし、他の魔王を筆頭に城の住人たちから総スカン食ったのにもまあまあ落ち込んだが、怪我人を抱き起こした際に痣が残るほどの力で腕を掴まれたのが一番堪えた。きつく眉間に寄った皺が、額に浮いた汗が、強ばった肩が、晒された苦痛の強さを余すことなく伝えてきて、取り返しのつかない失態に呆然とした。
後日熱が下がってからこちらの腕の痣に気付いた大魔王に、ごめんなさい痛かったでしょうなどと労られた時にはさすがに、お人好しも大概にしろと突っ込んだが、そう言えば俺は結局きちんと謝っただろうか。
羽ごと背中を抱き込むと、案の定腕の中に収まった身体に緊張が走った。
「気にしてるのはお前もじゃないか」
「だから、です」
既に痛くも痒くもないのに身が竦む自分に腹が立つのだと普段なかなか見せない負けん気の強さを露わにしたその額に、こめかみに唇を落とす。宥めてやっても一向に硬さの取れない声で「触って」と小さく下された命にはぞくりとしたものを感じた。機会がなかっただけで、ひょっとしたら自分にそっちの素質があったのだろうかなどというどうでもいい気付きが頭を掠めて消えていく。
無理だと思ったらすぐ言うように言い含めてから背中に指を滑らせた。触れる前から怯えた片羽にぱたりと手の甲を叩かれて苦笑する。そういえば意識して触れるのは初めてかもしれない。乾いた手触りではあるが確かに血の通う温度を持ったそれをそうっと撫でる。
「……ッ!」
息を飲んだ大魔王が胸元にしがみつく。ギブアップの宣言こそしないものの、手を動かす度にびくつく肩からは大丈夫じゃなさしか伝わってこない。しばらく触るか触らないかの距離で撫でさすっていたが、ふと先端辺りを指先で挟んでみたら「あ」とやけに艶めいた声が聞こえた。視線を落とすと胸にうずめたままの表情は窺えずとも、薄い耳朶が鮮やかな朱に染まっているのは目に入った。
「気持ちいい、か?」
尋ね、挟んだ指先を擦り合わせる。震える息を吐き出して、羽の主は頷いた。神経が集まっているということは、つまりこの手の刺激にも反応しやすいということか。今度は明確な意思を持って先の方から付け根まで辿ってやれば、肯定したことで開き直ったのもあってか、甘い声が次々零れた。
「う、あ……んんっ」
大した刺激は与えていないのに余程気持ちいいのか、下肢を無意識に擦り寄せてくるので、目の前の痴態にすっかり臨戦態勢の己を強めに擦り付けてやったら背筋が仰け反って一際高い嬌声が上がった。
「あああっ!」
急な反応に驚いて手を止めている間にも、腕の中の身体は断続的に何度か痙攣する。
やがてどこか遠くに行っていた目の焦点が合い、すぐに逸らされた。耳がもう一段階赤くなっている。
「……すみません、なんか、止められなくて」
「いや、気持ちよさそうで何よりだ。だがそこまで敏感だとその羽外に晒しておいて大丈夫なのかの方が心配になってきたな」
「普段は他人に触られるようなヘマなんかしませんよ」
「なんだ相手が俺だと思って油断したか」
揶揄すれば、当たり前でしょうと軽くむくれられた。
「すまなかったな」
膨れた頬を撫でて詫びる。ちょっと目を見開いた大魔王が穏やかに笑って、続き、しましょうかと提案してきたので素直に乗ることにした。
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